
ティータイムの話は、弊社で働いている人々が、仕事をはなれて
それぞれが思いのままに日常感じたことや出合ったことなどを自由に書き綴ったものです。
文字通り、お仕事の合間のホッと一息ついたときにでもクリックしていただいて、
気分転換していただけたらと思います。
なお、ティータイムの内容は、メールマガジンで隔月にご紹介している内容をそのまま掲載したものです。
故郷の友人がおもしろい農業法を見つけて1年ほど前から実践し始めた。「炭素循環農法」という名前の自然農法。会う度友人の畑を観察するうちに、これまで私の知っていた有機農法と少し違うような気がしました。
もっと詳しく知りたくなりこの農法を実践している関東の方と連絡を取って、農法勉強会や畑の見学会に参加しました。 興味を持つ人は多くその会で顔見知りになり、アドレス交換をしました。現在メンバー内で意見が飛び交い日々情報交換がされています。農家さん同士のお話に加えて貰って、とても新鮮です。
この「炭素循環農法」は、土の菌にごはんを与えて菌の多様性を促しながら、菌の力や数を増やします。 糸状菌という菌が重要でそれをゆっくり育てて、常に菌が働いている発酵状態をできるだけ長くキープして、 菌と植物の根っこを共生させるというもの。菌が土壌に豊富になった結果、野菜が育つというこれまでと違う観点の農法。 この菌のごはんになるものは、もみがら・稲藁・おがくず・剪定した木や枝を粉砕したもの・乾燥させた雑草等。 古来より山や森にあるものを利用する。菌を上手にお世話できれば、畑の雑草や虫などがなくなり、収穫量もあがり、 土はフカフカになるそう。友人の畑はまだ土の転換期ですが、静かな変化が現れています。 畑は物言わぬ静かな世界だけど、あらためて命のつながりを感じるようになりました。
会社のあるチータイ(池袋の中国音)周辺は中国人の多いところとして知られている。
地域の特性を生かして、私はもっぱら中国料理店にかよっている。 お目当ては、中国人従業員(ときにより客)
との会話練習。実は五年ほど前から中国語の勉強を始めたのだが、外国語を本格的に学ぶ年齢を過ぎているので
学校には一切行かず、テレビ、CDなどでの独習だけ。それでも、話したり聞いたりは実際にやってみなければ
進歩はないので、思いついたのが中華料理店の中国人店員(ほとんどがアルバイト)相手の実地練習だ。
中国人アルバイトのいる店の雰囲気は経験をつめばすぐわかるので迷わず入ってみる、もちろんリピーターと
なっている店もある。 お店は池袋駅の西口、北口近辺がほとんどだが、ときには私が勝手に「デイープイケブクロ」
と呼んでいる東武池袋線のダーシャン(大山)まで出かけることもある。
語彙も表現力も十分でないので、話しの中身はいたって簡単なもの。中国語を何年勉強しているか、先生は誰か、 学校に行っているか、難しいかなどが先方の会話の切り口。 こちらは、日本に何年いるか、学生か、中国の郷里は どこかなどまるで入管の職員のような質問から始める。初回にチャーシャン(家郷つまり故郷)が聞き出せれば、 次回までに地理を調べて、近くの大都市、河、山の名をあげて話題を作っていく。
食べるものは、昼だと水餃子だけ、夜はプラス紹興酒グラス一杯でだいたい千円くらい。 店がヒマな時間を選んで 30分くらいを限度としている。それを超えると相手に迷惑がかかるし、その前にこちらが疲れてしまう。 中国との 経済関係が進展するなかで、仕事の必要上中国語の学習を始めている方もおられるかと思う。 その方々は、上のような「池袋的夜」を試みてはいかがでしょうか。
「察知力」、「信頼する力」、「心を整える」、「日本男児」、この著書の題目に共通することは何だと思われますか?
この題目は、日本サッカー代表のメンバーを経験している「中村俊輔」、「遠藤保仁」、「長谷部誠」、「長友佑都」の著書です。題目を見ると、ビジネス書や精神論の本が想像されますが、文書からは各選手の人なりや、当事者でなければ分からないサッカーの裏舞台を知ることができるのでとても楽しめます。
代表チームの裏舞台を知ることで、ますますサッカー観戦に「ハマってしまう」のです。
この世代の代表選手には、「チームプレイ」といったキーワードが多く取り上げられています。そこから浮かび上がる選手像は、「チームとして勝つための自己主張」、「控の選手であっても現実を受け入れて、チームのために献身的に戦う」といった姿勢です。この「自己を生かすために、まずチームとしての意識を優先する」といった思想が強いからこそ、今までに無かった勝負強さのある日本代表チームになっていると思います。
さてさて、この90分間の戦いに挑む代表選手の姿勢は、我々の仕事の進め方にとても参考になります。
まずは「お客様に対応できる時間には限りがある」という時間への意識を再確認することです。
次に、その限られた時間の中で自らの専門性をより生かすために、「自分にできるメンバーへのサポートを相手の立場に立って考えること」が上げられます。
日本サッカー代表のように、個人として、チームとして成長できる組織を目指して日々取り組みたいと思います。
試合終了(業務終了)のホイッスル(チャイム)が聞こえるその時までは (^^;)
ご当地キャラが日本全国にありますが、今回は、私の出身地、千葉県のご当地キャラ、チーバくんを書こうと思います。
チーバくんは犬で、横から見た姿は千葉県の形(耳は銚子付近、黒い鼻は野田付近、足のつま先は館山付近、舌が浦安市付近)をしており、色は赤です。
勇気と情熱がわき、体が赤くなったそう。
デザイナーは、坂崎千春さんという千葉県出身の方です。
名前を言われてもピンとこないかもしれませんが、東日本のsuicaのペンギンをデザインされた方と言えば、おわかりになる方も多いかと思います。
チーバくんは、「ゆめ半島千葉国体」(平成22年9月25日~10月5日開催)、「ゆめ半島千葉大会」(平成22年10月23日~10月25日開催)のマスコットキャラクターとして誕生しましたが、両大会が終了と同時に姿を消そうとしていましたが、県民から県のマスコットキャラクターとして残して欲しいとの声が多数あり、今年度より千葉県のマスコットになりました。
私や私の友達などの千葉県在住者は、ディズニーキャラクターを素通りするタイプですが、チーバくんだけは見過ごせません。ディズニーランド等に行っても、ディズニーキャラクターとは写真を撮りませんが、チーバくんとは写真を撮りたくて大騒ぎします。
千葉県ではとても愛らしくて有名なキャラクターなので、千葉県にお越しの際はぜひ見て下さい。
今回は私の出身地である富山県の名物、「ますのすし」についてお話します。
ますのすしの起源は、料理人である吉村新八が1717年に初めて作ったと言われています。
当時の藩主だった前田利興、さらには八代将軍徳川吉宗に献上し激賞を受けました。
以後、毎年富山藩から献上物になり、今日では富山県の名物となり、駅弁ランキングでは常に上位に入っています。
全国の皆さまに愛され、富山県出身の私もうれしい限りです。
ますのすしといえば、県外では大きな魚の絵がパッケージの物をよく見かけますが、富山県には富山市内を中心に30以上のお店が存在し、それぞれのお店に特徴があります。
鱒のしめ具合が半生の物やしっかりしめてある物、酢飯の味付けも甘かったり酸っぱかったりと、お店によってまったく違います。
富山県の各家庭にはそれぞれひいきのお店があり、手土産を買う際も送る相手の好みによってお店を使い分けます。
私の一番のお気に入りは、表面だけを鱒で覆った通常タイプのものではなく、鱒が酢飯を包み込むように覆っている(ピザで例えると表面、耳の部分、裏側まで鱒で覆われている)タイプです。
県外では見たことがありませんので、富山に帰ると必ず1折、多いときは2折食べてしまいます。
現在は、インターネットで注文できるお店も沢山ありますので、いろいろなお店のますのすしを食べ比べするのも楽しいかもしれません。
年末年始の休暇を利用して、新潟県にスキー旅行に行ってきました。直前の天気予報では、その期間は
大寒波が近づいてきて天気は大荒れということだったので、覚悟をしていたのですが、それほどの大雪
にもならず、時々は陽も差すようなまずまずのお天気に恵まれました。諦めていた大晦日の花火と
松明滑走も見られ、思い出深い良い年末となりました。
一方では、あちらこちらで大雪による被害が起きた年末年始でもありました。大雪の影響で船が転覆する
事故が多数起きたり、帰省中の車中に閉じ込められたり、家から出られなくなったり、また、鳥取県の
スキー場では雪崩による事故も起こってしまいました。昨年末、福島県で起きた大雪の影響での渋滞で
十何時間も車に閉じ込められたという災害も記憶に新しいのではないでしょうか。新年を迎えながら、
十分気をつけようと皆で気を引き締めたのは言うまでもありません。
そんな中、おかげ様で何事もなく我が家のスキー旅行最終日。あまり乗り気でなかった長男が、何を
思ったか急にやる気を出しガンガン滑り始めました。見ているとパラレルターンらしきものを習得している
様子。どうやらだんだん上達してきて、面白くなってきたらしいのです。身長だけでなく、スキーでも
追い越される日が近いのかもしれません。なんだか少し寂しい母なのでした。
私は、今年1歳になった男の子の大伯母と言われるようになりました。
私の姉の孫にもかかわらず、これがまたすご~~~く可愛いものなんです。
昨年9月に誕生してからというもの、母親である姪から頻繁にファンクラブ通信と題した写メールが送られ
てくるようになり、そのキュートさに癒され心暖かく感じている自分に、写真ってこんなにハートに影響する
なんてすごい!!と感じていました。
最近聞いた話に、一番輝いていた頃の自分の写真を身近に置いておくと良いとの事。
困難にぶつかった時、モチベーションが落ちてしまった時に、それを見て直向だった頃の気持ちを思い
起こす事によって、また頑張る気力を取り戻せるというのです。
誰でも年齢を重ねてくると行動せずに諦める事が多くなってしまいがちですが、私は逆に今の自分には
以前になかった心の寶物が沢山増えているのだから、どんな些細なことにも、諦めずコツコツ頑張って
いればきっと夢を叶えたり、目標を達成していけると思うようにしています。
大切な人を守る気持ちが誇りと勇気を与え、大切な人が増えれば増えるほど心のエネルギーが蓄えられて
イキイキとした人生になり、またそういう人が多くなれば世の中がもっと暮らし易くなるのでは!?
と思っています。 みなさんはどうお思いになりますか?
これまであまり趣味と呼べるものが無かったのですが、ここ半年で趣味と言っても良いような事が出来ました。買い物を兼ねた(というより買い物を命令された)、娘を自転車に乗せたお散歩(?)です。
買い物というと、これまで車で移動することが多かったので、少し遠い場所だったり、比較的近い場所でも同じような道を通るだけであまり面白味がありませんでした。でも自転車ですと、車で通らない道を走れたり、急に気が変わって違う道を通るという事も出来るので意外と楽しかったりします。
更に、愛娘達が一緒だと何でもない道を走る事ですら幸せいっぱいです。
今の街に住むようになってからもう少しで10年になりますが、意外と知らない店が多く、1つ違う角を曲がったり遠回りするだけで美味しそうなパン屋さんがあったり、安いスーパーや薬局があったりといつも新しい驚きに溢れています。
そして、ジュースやお菓子を買って公園に寄り道して子供達の遊ぶ姿を見ているのもまたまた幸せいっぱいです。
自転車に乗ってぶらぶら散歩しながらの買い物、意外と楽しいですよ。
我が家には、小学校2年生の男の子と1歳3ヶ月の女の子が居ます。
上の子が生まれた日から今まで、喜びはもちろんのこと心配がつきない毎日です。
『親の心子知らず』とは言いますが、両親がどんな思いで子育てをしてきたのか、自分が親になった今初めて、わかる気がします。
早生まれの上の子が歩き出したのは、かなり遅めの1歳5ヶ月。
言葉も遅く、いつもお熱ばかり出し、小児喘息・中耳炎・熱性痙攣と、子供がかかる病気のほとんどを経験し、夜中に救急外来に駆け込むことも度々、そのまま入院なんてこともありました。
近隣から遠方まで総合病院の診察券は、まるでトランプのように全て揃っています。
そんな長男も小学校に入ってからは一度もお休みすることもなく、1年生のときは皆勤賞でした。
無事になんとかここまで育ってくれたことに感謝しつつも、多くを望みたくなるのが親。
ついつい過度な期待をし、色々なことをやらせてはみるのですが、どれも芽が出ず中途半端。
こんな状態でこれからやっていけるかと心配です。
何か特別にズバ抜けて誰にも負けないっ!と言うものを持たせて、これからの自信にしてあげたいです。
下の子は4月生まれなので、他の子に遅れをとることは無いだろうと安心していましたが、保育園に入って間もなく、お熱で呼び出しの連続です。一難去ってまた一難といった感じでしょうか。
これからも、お友達関係や、受験など悩みはつきないと思いますが、いつになったら安心できるの
でしょうか?大学入学まで?就職して自立するまで?それとも結婚するまで?
いくつになっても子供は子供。子育てにゴールはないように思えます。
きっとうちの両親もこんな私を見て、今でも気を揉んでいることと思います。
今年の3月に弊社のフットサルチームが誕生しました。メンバーは営業部の男性5人(全員)で、平均年齢はおおよそ40歳です。はじめての練習では、普段の運動不足がたたり、ほとんどのメンバーが練習開始5分で足が動かなくなりました(笑)。また二回目の練習でもすぐに体が悲鳴を上げました。
そんなチームがなんと無謀にもフットサルの大会に出場しました。はじめの2試合は大学生相手にいい試合ができましたが、3試合目以降はやはり体力(若さ?)の差が現れ、自分の体とボールとの距離が時間が立つにつれて大きくなり、最後には相手にいいようにやられてしまいました。
結果は惨敗でしたが、チームワークは非常に良く、練習を積み重ねれば強くなりそうな気がしています。
また、普段の仕事では知りえなかった側面を知ることができました。
関西に住む私の姉は、和裁の仕事をしていた関係で、伊勢神宮の神主さん達の衣装を縫う仕事をしたことがあります。
伊勢神宮の20年毎の遷宮に伴い神主さん達の衣装も全て新調する作業に関わっていました。
神主さんの衣装の生地はとても厚く、生地に張りがある為、畳針のような大きく太い針を使います。
神主さんの衣装はだいたいが白ですが、ごく稀に黒色があります。
無知な姉はその黒い衣装はお葬式用?
と思ったらしいですが、黒い衣装は神主で一番偉い位の人が正装の時に着るものだそう。
遷宮は宮内庁からの仕事なので、指示が非常に細かく厳しくて作業は大変だったそうです。
作業は女人禁制なのですが、姉の師匠である衣装を縫う職人の後継者が少なく、また高齢なのとが
あいまって、私の姉に白羽の矢が立ったらしいのです。
全ての作業が終わった後に、菊の御紋の入ったタバコが職人さん達に振る舞われたそうで、1本1本に菊の御紋が入ったとても綺麗なたばこだったそうです。
それを吸いながら姉の師匠が「味は、普通のマイルドセブンやな~」との感想。
遷宮があると、京都の町の装束屋さんは大繁盛になるから、大喜びだったそうです。
出入りの業者さんもニコニコして、挨拶にも活気があったのを思い出す、と懐かしく語ってくれました。
姉はこの作業で腱鞘炎になり、引退してしまいましたが、3年後にまた遷宮が行われます。
日本の技術の伝承を兼ね備えた遷宮。思うに昔からの国内の景気対策だったのではないでしょうか。
年が明けて去年のことになったが 11月末、由布院(大分県の温泉地)に行った。
出発は私の郷里、久留米。ここから大分市までJR久大線が走っている。
「ゆふいんの森」という観光列車に乗った。出発10時50分、同行は同年代の友人二名。
ヨーロピアンスタイル(とパンフにあり)の観光列車で四両編成。車床が高く展望がきく、座席もゆったりだ。
走り始めて三十分もすると、樹木のトンネルに入っていく。
11月末というのに木漏れ日の光が強い、ここは九州だ。途中、「夜明(よあけ)」という美しい名前の駅があった、山間の駅だ。ここから大分県に入るらしい。豊後(ぶんご)で始まる駅名が急に増える。走行2時間弱、列車は定刻に由布院駅に到着。
由布岳(1600米)が駅の正面にみえる。あるいは、もと火山だったのか山頂から中腹まで樹木がない、やや赤みを帯びた山肌がはっきりみえる。山をみながらブラブラ歩いていると、池のある公園があった。
モミジ、カエデ、イチョウ、赤、黄、紫、ヒラヒラ、キラキラ、それぞれに美しい。池の近くのそば屋の屋外テーブルでソバとビールの昼食。空高く白雲数片、満点の舞台装置だ。
宿は由布院の麓に位置する企業の保養施設。駅からわずか一時間歩いただけなのに由布岳がぐっと迫ってくる。翌日朝さっそく登ってみたと云いたいところだが、それはムカシの話、体が許さない。
夜、面白いものを見た。ここは山深いとまではいえないところだが、近くには野生動物も結構住んでいるらしい。夜の八時ごろ、白熱電灯に照らされた施設の庭の一角に宿泊客の食べ残しを置いておく。
十分もすると森の住人たちが出てくる、タヌキ、キツネ、猫、その他小動物が。彼らは決してケンカしない、食べる順番は一定。タヌキが食べたあとにキツネが、キツネのあとに猫が、という具合。その食べる様を施設の二階にある観覧席から眺めるという三十分のショー。ショーのあと、またビールと温泉で旅の初日は終わった。
晩秋になると、だんだん緊張してきます。毎年この時期に私の通っているギター教室の発表会が開催されるからです。この日のために空いた時間を見つけては、1年間かけてずっと練習してきた曲を観客の前でソロ演奏しなくてはなりません。音楽は、聴く人の状況に応じて感動や癒しを与えるものと思っているのですが、私の演奏が始まったとたん、音楽の域を超えて、聞き手に緊張とハラハラ・ドキドキのスリルを与えてしまいそうで少々焦っています。なぜこんなにつらいことを...なんて、時たま頭を過ぎることもあるのですが、でもなんとか無事に演奏が終わったときの爽快感は他に代えがたいものがあります。
うまく演奏が出来なかったことも過去に何度も経験しました。そんなときは、発表会の後の打ち上げのビールはいつもほろ苦いです。
でも今年こそは美味いビールが飲みたい!!
暑い夏もそろそろ終わり、でもまだ晴れた日は、外に出ると結構暑かったりしますよね。
先日私は、近郊の市にあるお客様のもとへ、I氏とともに出かけました。良く晴れた日でまだ少し残暑を感じる日。その帰り、駅に着き、東京行きのホームへと行くと丁度のタイミングで特急電車がやってきました。
本来各停で帰る予定でしたが、“これで帰ればきっと早く戻って、仕事ができる” と考えた生真面目な二人は迷わず乗り込みました。当然特急券は持っていなかったので、車内で座っているとそこへ車掌さんが、“切符を拝見させていただきます”と例によってやってきました。私たちは、“買えなかったので、東京まで下さい”と言ったところ、そこで車掌さんが一言、“これ東京行きじゃないですけど・・・。”そのとき初めて間違って逆方向に乗っていたことに気づきました。確かに乗り込んでから流れる風景は、ローカルな雰囲気を醸し出すものであり、よくよく考えてみたらすぐに気がつくはずなのですが・・・。一瞬の間の後二人で笑い出したのは言うまでもありません。その後30分の時間を隔て、再度特急電車に乗り換え社に戻りましたが、約2時間のロスとなりました。ただ、未だに原因が謎です。暑さのせいでしょうか?皆さん、余裕を持った行動を心がけましょうね。
最近、ずいぶんと手作りにハマっている様子のうちの母。
先日はジャムを作る為にアンズをわざわざ買ってきて、夕飯の合間に作っていました。手作りのアンズジャムは我が家でも初めてでしたが、甘酸っぱいアンズジャムが一番好きな私はここ数日毎朝うきうきの朝ごはんです。
でも、こんなに色々と手作りする人だったかなぁと思い返すと、そうでもなかったように感じます。
昔、苺のジャムを小粒で安かったからといった理由からたまに作ったりした程度…。
何がきっかけだったのかは分かりませんが、梅シロップ(青梅と氷砂糖を漬けたもの)に始まり、梅干、味噌、そして土いじりなど本当に興味がなかったはずなのに、我が家の小さな庭にはきゅうりやトマト、インゲンなどその時々の野菜が毎年育っているような状態に。余談ですが、同じような時期にガーデニングにもハマり、我が家の庭はバラや朝顔など色んな花々が咲いている間にネギやインゲンが生えてたりします。
「育っていくのが楽しいし、買うより安く済むし、何より安全・安心!」そして「半・自給自足」を目指しているらしい母。全部は無理だから。
味噌は寒い時期に仕込む・梅を漬けるのは5月~など時期でやることが決まっているのですが、季節がはっきりしないと言われる東京でも手作りするコトで季節を感じたりするのもありだし、素敵かもとこないだふと思いました。
色んな知恵と気合の詰まったホームメイド、始めてみるのも面白いかもしれませんよ?