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ホーム分析豆知識 > XPS分析の豆知識【XPSスペクトルのバックグラウンド活用法】
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はじめに

XPSのスペクトルに必ず現れるバックグラウンドは、通常は邪魔者と考えられ如何にしてそれを上手く取り除くかということに注力されて来ました。
ところが、一歩引いてバックグラウンドの成り立ちについて考えてみますと、実はバックグラウンドには多くの情報が含まれていることがわかります。
このようなバックグラウンドに含まれる情報について、まずは最も基本的な活用法について紹介しています。

XPSスペクトルのバックグラウンド活用法

図XPS(X線光電子分光法)のデータ解析は基本的にはスペクトルに現れた光電子ピークに着目して、そのエネルギー値と面積から定性分析、定量分析、化学状態分析を行います。
XPSのスペクトルにはバックグラウンドがつきものですが、通常は邪魔者と考えられ、これを何とかして上手く取り除こうとこれまでShirley法やTougaard法などが熱心に議論されて来ました。ところが、実はこの邪魔者のバックグラウンドにもたくさんの情報が埋め込まれているのです。
まずは図1のPET材のサーベイスペクトルをご覧ください。このスペクトルを右端の結合エネルギーの低い側(つまり電子の運動エネルギーの高い側)から左方向(電子の運動エネルギーの低い側)へ見て行きます。
すると、まず最初に小さいO2sピークがあり、次にC1sの大きなピークが現れ、更に左へ行くとO1sの大きなピークが現れます。そしてC1sとO1sそれぞれの大きいピークのすぐ左側では図中に①と②で示したようにバックグラウンドが大きく上昇しているのがわかります。
つまり大きなピークがあると必ずその少し低運動エネルギー側でバックグラウンドが上がっていることになるのですが、これは光電子の脱出深さ(IMFP:非弾性平均自由行程)が有限であることによるものです。
光電子の脱出深さは概ね10nm程度と言われることが多いのですが、これは発生した光電子がエネルギーを失わずに試料から飛び出して来られる距離のことを指し、これよりも遠い(深い)ところで発生した光電子はエネルギーを失って試料から飛び出してきます。遠ければ遠いほどエネルギーの失い方は大きくなると考えられます。
つまり10nmよりも少しだけ深いところで発生したC1sの光電子は少しだけエネルギーを失うためちょうど①のあたりのバックグラウンドとなり、もう少し深いところで発生したC1s光電子は①よりもう少し左側のバックグラウンドとなります。
このように、光電子の発生場所が深ければ深いほどピークから左側(低運動エネルギー側)に離れた位置でのバックグランドになっています。しかも光電子の発生位置が深くなるにしたがって試料表面から出て来られる電子の数も少なくなりますので、①のあたりから次のO1sピークのところまで徐々にバックグラウンドが下がって行きます。そしてO1sピークが現れ、そのすぐ左側の②でO1sのバックグラウンドが上昇し、そしてまた徐々に下がって行くというスペクトルになっています。

これを逆に考えると、図1でC1sやO1sのピークのすぐ左側でバックグラウンドが大きく上昇しているということは、C1sやO1sの光電子は表面だけでなく10nmよりも深いところでもたくさん発生しているということになり、このPETフィルムは少なくとも数10nm以上の厚さがあるということが推測されます。(実際にはこの試料は無垢のPET材で数10μmの厚さがあります。)

図さて今度は図2です。これはステンレス鋼のサーベイスペクトルで、ここにはステンレス鋼の成分であるFeとCrのピークが見えています(Niも850eV付近に少しだけ見えてます)が、他にOとCも見えています。
これらのピークについても同じようにピークのすぐ左側のバックグラウンドに着目してみます。
まずCr2p3とFe2p3について、それぞれのピークトップの高さに対してのバックグラウンドの高さ(③④)の割合を比べてみると、Cr2p3ピークの高さに対する③の割合よりもFe2p3ピークに対する④の割合の方が高くなっていることがわかります。つまりFe2p3の方がCr2p3よりもバックグラウンドの割合が高い、ということはFe2p3の方がCr2p3よりも深い場所でより多く発生していることになります。
次にC1sピークを見てみます。C1sピークで生じるバックグラウンド①はCr2p3やFe2p3に比べて遥かに小さいですので、ほとんどが表面付近で発生していると考えられます。
O1sピークでのバックグラウンド②はO1sピークに対する比率ではC1sピークとCr2p3/Fe2p3ピークとの中間程度で、C1sよりも深く、Cr2p3やFe2p3よりも浅いところで発生していることがわかります。
これらをまとめると、試料は表面から概ねC/O/Cr/Feという順番の構造になっていることがバックグラウンドから推測できてしまいます。

図続いて図3ですが、ここまで読んで頂いたなら図3の①と②を比べるともう一目瞭然でしょう。そう、C1sは試料の深いところでも発生しているのに対して、O1sはごく浅いところでしか発生していないということが手に取るようにわかります。
この試料はポチスチレンをプラズマ処理したものです。ポリスチレンは炭素と水素から成る高分子ですので、XPSでは炭素のピークだけが観察されます。これをプラズマ処理するとポリスチレンの表面付近だけに酸素が導入されますので、図3のようなバックグラウンドを有するスペクトルになります。
念のため角度分解分析を行ってみたのが図4ですが、相対的にO1sのピーク強度が大きくなっており、酸素は表面に存在することがわかります。でもこれまで述べてきたようなバックグラウンドの知識さえあれば、わざわざ角度分解分析を行うまでもなく試料の大まかな深さ構造がわかってしまうのです。

邪魔者としか思われていなかったバックグラウンドにも、その知識が少しだけあればそこから試料の深さ構造が垣間見えてくるなんて、XPSはとても深くて面白い分析方法だと思いませんか?

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