
先週2月10日、第9回表面分析基礎セミナーを開催しました。ご参加いただきました皆様、寒い中ご足労いただき、真にありがとうございました。今回も定員を超える応募をいただき、ほぼ100%の出席率で終えることが出来ました。多少なりともお役に立てることが出来たでしょうか? 今回ご参加いただけませんでした皆様にはこの場を借りてお詫び申し上げます。
さて、このセミナーですが、2008年より始めて、年2回ペースで行っています。趣旨は分析結果を利用される研究者や技術者の皆さんに、どのような観点で分析を選択し、分析を進めるのかのご理解を深めていただくことにあります。そのため、内容は広く・浅く、本当に基礎です。分析を少しでもご存知の方には不満の残る内容かもしれません。このセミナーは弊社が日頃お客様と議論させていただく際に感じていることをきっかけとしています。 研究者の方は分析で何がわかるか、何がわからないかを知る必要がありますし、分析者側も研究者の方の目的を理解するには材料やデバイスの知識を知らなければなりません。どちらかの一方通行では目的にあった結果を得ることが難しい場合が多くなっています。分析に求められる内容も多岐に渡るようになっているように感じています。それだからこそ、少しでも研究者の方と分析者側の垣根を低くしたい、それがこのセミナーの目的でもあります。
講師は弊社の営業6人が担当しますが、全員が全ての分析技術の専門家ではありません。弊社は元々SIMSなどのイオンによる質量分析を最も得意としていますので、どうしても質量分析がより詳細になりがちです。今後も電子やX線を利用した他の分析技術の知識も高めつつ、お客様に必要な情報をご提供していきたいと思います。今後もご助言お願いいたします。
今日は節分です。さすがに、会社では豆まきはしませんが、従業員に豆を配りました。皆さんのお宅でも今夜は豆まきでしょうか?
この豆まき、室町時代からの習慣のようで、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられていて、また季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると昔から考えられていて、それを追い払うための行事の一つに豆まきがあるということのようです。この豆、「福豆」ともいい、自分の年の数だけ食べて、日頃の無病息災を感謝し健康を祝うようです。弊社でもこの福豆の恩恵にあずかれるよう、感謝しつついただきました。
明日は暦の上では「立春」です。まだ寒さ真っ只中という感じですが、少しずつ春の声が聞かれるようになるでしょう。福と共に春が来ることを期待したいと思います。
「鬼は外、福は内!」
「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る。」年の初めは何かとばたばたしてあっという間に時間が経ってしまうことからこのようにいわれているのでしょう。2012年も2月になりました。
さて、最近の日本経済の懸念は日本の貿易収支が赤字に転じたことでしょう。米国の新聞紙上でも日本の時代は終ったと報じているものもあるようです。私の世代は、学校で「日本は原料を輸入して加工し付加価値を付けて輸出をし、外貨を獲得することが日本の産業だ」とずっと教わってきて、それが頭に刷り込まれています。いかにして工夫をしてよいものを作るか、が日本人全員に課せられた使命のようなものだったと思います。それを土台にして一生懸命働いてきました。しかし、バブル経済崩壊後少しずつ日本のおかれている状況や世界状況は変化し続け、いまやものづくりの競争は世界規模となりました。70年代はものづくりの競争相手はもっぱら欧米先進国でした。その中で多くのジャパンバッシングもありましたが、最終的には日本の製品は世界に受け入れられてきました。今その状況は韓国製品や台湾・中国製品やアジア製品に移ってきています。「良いもの」の寿命も短くなり、人々もより良いもの、より便利なものへの変化はどんどん短くなっています。
「輸出で稼ぐ」からの脱却を急ぐ機運は強まっています。これが生産拠点の海外流出につながり人員削減などのリストラへと続いています。ビジネスや産業のあり方を根本から変えていかなければいけないと思うのです。しかし、子供の頃から「輸出で稼ぐ」事を刷り込まれてしまっている私たち世代にはその考えをまず捨てることがなかなか難しいように思います。そうなるとそのような教育を受けていない、既成概念を壊す若い力が必要で今がそのときであると思うのです。 江戸末期、既成概念のない多くの若者が幕末の動乱をリードし、維新を成し遂げました。今の状況はまさに幕末のそれに少し類似しているように思えるのですが、いかがでしょうか?
先週、1月17日、阪神淡路大震災から17年目を迎えました。昨年3月の東北大震災の記憶も新しいですが、私にとって1995年1月17日は記憶にとどまり続ける出来事です。
あの日、私は尼崎で商談のため朝早くから準備に大忙しでした。 朝、大阪に向かい前日に来阪しているアメリカ人と合流、お客様を訪問する事になっていました。新幹線で大阪に向う前に、息子を知り合いに預けるため5時前に自宅を車で出て、知り合いの家に行く途中ガソリンスタンドに立ち寄りました。時計をみて5時48分だったのを記憶しています。そのとき、ガソリンスタンドのラジオから緊急ニュースが流れ「ただいま京都付近で大きな地震があった模様」と告げました。ラジオは神戸とも淡路とも言わず、「京都付近で」と告げていただけでした。すぐに思ったのは、「新幹線が遅れる・・・。」という自分の予定の心配でした。知り合いの家に行き、TVでニュースを確認させてもらいましたが、やはり明確な情報がなく神戸が被災地であることすらわかりません。とりあえず、関西に向うべく東京駅に行きましたが、JRも情報不足のため混乱しており、駅員と乗客が右往左往しているばかりでした。空路を確認すべく浜松町に移動し、そこで再度TVをみて、初めて横倒しになった阪神高速や火に包まれている神戸を目にし、ようやく大変なことが起こっていると認識しました。地震の第一報を聞いてから約2時間が経過していました。その時から私の仕事はお客様と大阪にいるアメリカ人の安否確認と救出に注力する事になり、空路で関西に入るべく航空券を入手する長い列に並び、2時間並んでようやく夕方の伊丹行きの便を確保、情報入手のため一旦社に戻りました。結果としては、女性が向うのは危ないということで上司がアメリカ人救出のために伊丹に飛び、私はお客様との接触を試み続けました。夕方ようやくお客様と連絡が取れ、無事を確認でき、ミーティングはキャンセル、夜には、上司が何とかアメリカ人がいるホテルにたどり着き、無事を確認できました。
神戸には親戚を含めて知り合いがたくさんいたので安否確認も大変でした。 1ヵ月後、被災した友人を見舞うため、神戸に入りました。その様子も記憶から消すことは出来ません。道路などの瓦礫は撤去されていましたが、見慣れていた町並みは壊滅していて住所を聞いてもどこを歩いているのかわからない状態でした。友人とは避難場所で再会し、元気な姿を確認して互いに涙しました。
阪神大震災と3月の関東東北大震災の違いは、携帯インターネット通信網ではないでしょうか。1月17日のあの日、携帯電話を持っている人は少なく、また携帯メールはなかったので事実を知る手段はTVなどのマスメディアだけでした。今は個人がインターネット網を携帯し、簡単に震源や被災地の姿が瞬時にわかります。しかし、本当に確認したい事柄は通信が集中し、結局混乱が生じたのは17年前と同じだったように思います。これは技術やハードは進歩しても運用面やソフト面での問題があるのでしょう。 それともそれを使う人間が学習していないためでしょうか? 災害がある度に我々は改善しているはずです。でも、そこには常に「想定」という文字があり、災害は想定を超えてやってくるものである事を我々は認識できていないように思えます。
新年明けましておめでとうございます。
自然災害に翻弄され続けた2011年を終え、新たな年を迎えることが出来ました。被災地ではまだ復興途上ですが、前進できる年であることを願います。
さて、今年弊社は20周年を迎えます。1992年10月設立時には20年どころか、10年先も想像することすら出来ませんでしたが、こうして20年間存続でき、お客様と共に歩み続けられたのはひとえにお客様あっての賜物です。
この場を借りて、御礼申し上げますと共に、今後も一層のお引き立て、ご助言をいただきたくお願いいたします。
昨年の大震災で全ての人が感じたのは「普通」の大切さだったのではないでしょうか? 普通に目覚め、普通に会社へ行き、普通に仕事をし、普通に過ごす。普通に生活することの喜びは、お金に勝るものであることを実感しました。
昨年の体験後に訪れるこの20周年には、重みと大いなる意味を感じます。浮かれることなく地道さを忘れるなと、叱咤されているようで身の引き締まる思いです。日本の産業は為替、株安、空洞化の中で大きな岐路を迎えています。
弊社が置かれている立場も益々厳しいものとなるでしょう。だからこそ「地道に」進むことがなにより重要になって来るでしょう。反省と改良を怠らず、一歩一歩前へ歩んでいきたいと誓いを新たにがんばっていく所存です。
2012年が、皆様にとりましてよい年になりますことを祈念いたします。